命名「桃子」



3月6日
 今日で四日目になる登山口に捨てられていた母子の給餌、今
にも泣き出しそうな空の色に急かされるようにして出発。気温
十三度、母子共々元気でいてくれることを祈りながらの三十分
のドライブは、結構長く感じられる

 三月三日のひな祭りの日に出会った母犬にどう名前を付ける
か、疲れも手伝ってなかなかいい案が浮かばない。ええいと思
いきって付けた名前が「桃子」。

 初代ビーグル犬の「もも」、今部屋の外でしきりにガリガリ
と変な音を立てている二代目の「もも」、出会った日付が桃の
節句、もうこれは三題噺以外の何物でもない・・・

 現場では昨日と変わらず、クロ、コロ、茶が大歓迎で迎えて
くれる。崖下からは桃子が精一杯尻尾を振っての歓迎。クロた
ちに犬缶を開けてやり、桃子たちには二階堂家特製の「ぶりの
炊き込みスープ付きご飯!」

 新しく用意した食器と一昨日持ってきた食器に給餌、仔犬五
頭が先ずスープをペチョペチョ、母親の桃子も尻尾を振りなが
ら食べてくれる。崖の上ではクロたちがじっと様子を窺ってい
る。

 食べ終わった桃子が、犬缶を開けている私の顔をところかま
わずペロペロペロペロ。茅の束を集めてきて新しい寝床を作っ
てやろうと、ちょっとでも住居を離れると、急いでついてくる。
 寝床が完成しても、私の側を離れようとしない。子供たちの
ことも念頭にないようである。

 大体三日分の食餌を用意して、茶色の雌の仔犬をバスタオル
にくるんで崖を登り始めたが、桃子が離れない。自分も一緒に
連れて帰って欲しいのだろう。仔犬を気遣ってのことではない
ことが解る。

 何とか桃子を崖下に座らせ、帰途につく。でも気になる。深
夜「狸」と遭遇したところでUターン、桃子の様子を観にまた
崖のところへ。そっと崖の上から顔を出すと、車の音で解って
いたのだろう、桃子が座ったまま尻尾を振っていた。

 主治医の先生の診察を受け、駆虫剤をもらって桃子の子供の、
まだ名前のない女の子は、私の家から十五分くらい離れた大き
な家に里子として貰われて行った。まだ車の中でわたしの鼻を
かじったときのミルク臭い匂いと柔らかな舌の感触が残ってい
る。

           幸せに!!!