アメにも負けず



3月7日
 夜半過ぎから書斎の外が何となく雨を思わせる雰囲気になっ
てきていた。夕方の給餌の時桃子たちの雨の時のことをすっか
り忘れていたことが入浴後沸々と胸の内に湧いてくる。

 午前一時過ぎ、大粒の雨の中を五色台に向かって車を走らせ
る。フロントガラスにたたきつけられる雨の音が桃子の悲鳴の
ように聞こえる。真っ暗な闇の中をただ走る。一時五十分、登
山口に到着。崖の上から桃子の様子を観る。

 仔犬たちの段ボール箱の横で雨に濡れながらじっと丸まって
いる。用意してきた暖かい牛乳を桃子と仔犬たちに飲ませなが
ら、ゴルフ用の大きな傘を、持ってきた鉄の支柱に縛り付け土
手に差し込む。土が柔らかくて安定しない。

 ハンマーで支柱を叩いてみたが五十センチぐらいのところで
止まってしまう。仕方がない、明日また補強することにして桃
子を傘の下の寝床に連れてくる。ぐっしょりと濡れている桃子
の身体をバスタオルで擦るように拭い、新しいバスタオル二枚
でくるんでやる。

 おとなしく横になったままじっとしている。傘の左半分に仔
犬たちの段ボール箱、右半分に桃子の寝床。どうにか雨がしの
げることを確認して桃子に別れを告げる。午前三時前であった。
 翌日午後二時、給餌の用意に手間取り、焦りながら出発。雨
がようやくあがり、僅かながら陽光が射し始めた。桃子たちの
住居に着く、大勢の観光客が瀬戸大橋と島々の織りなす冬の瀬
戸内海を楽しんでいた。昨夜のパラソルは風にも飛ばされるこ
ともなく崖の下で陽に映えていた。

 仔犬たちのペースト状にした食餌と、いつもの「ぶりの炊き
込みスープ付きご飯」を与え、傘を補強、崖上のクロ・コロ・
茶にも犬缶を与えて胡桃たちのところへ。

 四頭の子供を従えた太郎が一番に側に寄ってくる。左手を一、
二回舐めてから、少し離れたところで食餌を待つ。遅れてきた
胡桃が私の顔めがけてジャンプしながら歓迎の挨拶。みんな元
気によく食べてくれる。

 大五郎と名付けている雄の子供はもう胡桃と殆ど同じ大きさ
になっている。満腹したのであろう、仔犬たちは太郎にじゃれ
ながら原っぱで遊び始める、胡桃は座り込んだ私の横でじっと
太郎と仔犬たちを見守っていた。

 権兵衛がいちばん遅れて食餌をしている。いつもと変わらぬ
家族の風景が在った。この平和な風景がいつまでもいつまでも
続くことはないのだろうか・・・