気温二十七度、快晴無風の真夏日の中を一路五色台へ! 緑
色掛かっていた海の色から緑がなくなり、濃いブルーに変わっ
た波静かな瀬戸内海を右に、若葉に包まれた五色台の山裾をう
ねうねと西に進む。
高松市と坂出市の境界を示す標識を過ぎて五メートル、コロ
とクロが体中をくねらせながら跳んでくる。
いつもより早い時間なのに二頭共ガツガツと食べる。やがて
満腹になったのだろうコロがにじり寄ってきてお腹を見せて甘
え始める。クロは午睡にでも行くのだろうか、眠そうな顔をし
ている。
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土手一面に咲いているからすのえんどうの紫色の小さな花の
向こうから茶と名無しが、のっそりと下りてくる。仔犬たちは
何処かで昼寝でもしているのだろう、行き交う車も殆どない道
路沿いの窪地で二頭がゆっくりと食餌を始めてくれる。考えら
れないくらい静かに刻が流れて行く。
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ヘヤピンカーブを曲がると、もう太郎たちが出迎えてくれて
いた。沿道に咲いていた黄色のタンポポに目を奪われているう
ちに、山上の駐車場に着いていた。
さくらが擦り寄ってくる。手を伸ばして頭を撫でても逃げな
い。太郎も手を舐めにくる。権兵衛が珍しく食餌を催促して吠
える。
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一台の車も停まっていない。木陰に食餌を用意し、胡桃たち
の住居跡を見てみる。
屋根を作っていた浪板もなくなり、僅かに三十センチほど土
を掘って拵えた簡易住居の跡が残っているだけであった。枯れ
葉だけしかなかった住居の回りには、もう夏草が生い茂り、頭
上には若葉をつけた樹々の枝が垂れ下がってきていた。
腹這いになって住居跡を覗いてみる。何もない! 胡桃の母
親ミルク、大きくて優しい目のシロ、やたら足にしがみついて
きた宇宙人、おどおどしていたチビクロ、そして甲斐・・・・
・・・・・胡桃・・・・・
「元気で頑張れ・・」そう言いながら缶詰を与えることしか
できなかった、二度と逢うこともできないままに記憶の中を通
り過ぎて行ったワン君たちのことが脳裏をかすめる。
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ちびが仔犬たちと共に捨てられていた崖下の小径には雑草が
生い茂り、雨の中、悔しさと不憫さに唇を噛み絞めながら作っ
た茅のベッドは、その場所さえもわからなくなっている。海も
山もそして遠くに見える島々の姿も多分変って行っているので
あろう・・・
又あの夏の入り口の日が、同じ顔をして帰ってきた。
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