街で逢ったワンちゃん!



1月31日
 今朝の香川県地方はこの冬一番の冷え込みであった。氷点下 
三度五分、霜がおり、さし込むような寒さに見舞われた。放射
冷却現象の為せる技である。うららかな陽射しとは裏腹に、冷
たさが体中を取り囲んでいる。手袋をした両手も、まるで素手
のときのように冷たい。

 自宅から自転車でおよそ十分の放送局までが今朝は随分遠く
感じる。三分の一も来たであろうか、信号の手前二十メートル
ほどの車道で、大五郎よりほんの少し大きめのシェルティ風の
雑種犬が右往左往、戸惑った様子で歩道と車道を行き来してい
た。

 自転車の速度を弛め、ワンちゃんに近づいてみる。瞬間合っ
た目の中に、狼狽とあせりの色が浮かんでいた。

 「棄てられて、どうしていいのかわからず必死で飼い主を捜
  している」

 そんな目であった。

 尻尾を下げ、通勤時の混雑の中を主人を捜して車道から歩道
へ、自分の帰るべき方向さえも見失った、それほどに必死であ
り狼狽した目がそこにあった。

 初めての目であった。野良君たちとの接触はかなり多いはず
の私にとって、言葉も出ないほどの目であった。棄てられたと
いうことをまだわかっていない、ただ単に主人とはぐれ、慌て
て捜している・・・しかし、一抹の不安もある・・・言い表し
ようのない哀しさが突き上げてくる。

 遊歩道の樹々の間に隠れるように身を縮めて入っていったワ
ン君の後ろ姿が哀れである。
 午後、検査と投薬の相談のため病院へ出向く。検査結果は思っ
た以上に良くなかった。副腎の異常が顕著に出ている。

 「腫瘍の可能性もありますから、念のためCTを撮りません
  か?」

 主治医が努めて何気なく断層撮影を勧める。予約の要る断層
撮影を直ちに実施してくれる。撮影が終わり調整室のコンピュー
ターの前に座る。

 知人の技師に、今撮影したばかりの画像を出力して貰う。

 「癌か・・・・・」

 不思議に何の感情も湧いてこない。画像が出力されるまでの
短い時間に頭に浮かんできたのは、貯木場の癌に侵されたワン
君のことだけであった。

 左腎臓内に小さな結石ができ、やや脂肪肝気味の肝臓の他は
何の異常も認められなかった。レントゲンのコピーを頼み調整
室を出る。

 「まだ生きて頑張らなければいけないんだ!」

 「数えることのできないほどの大勢の不幸な子供たちの内の、
  例え何頭かでもこの腕で助けなければ・・・・・いけない
  んだ!」

 ほんの一瞬

 「これで哀しみから解放されるかも・・・・・」

 そう思った自分を断層撮影室に置き、主治医のいる部屋に移
る。廊下の窓から茜色に染まった五色台の空が見えた。