今朝の香川県地方はこの冬一番の冷え込みであった。氷点下
三度五分、霜がおり、さし込むような寒さに見舞われた。放射
冷却現象の為せる技である。うららかな陽射しとは裏腹に、冷
たさが体中を取り囲んでいる。手袋をした両手も、まるで素手
のときのように冷たい。
自宅から自転車でおよそ十分の放送局までが今朝は随分遠く
感じる。三分の一も来たであろうか、信号の手前二十メートル
ほどの車道で、大五郎よりほんの少し大きめのシェルティ風の
雑種犬が右往左往、戸惑った様子で歩道と車道を行き来してい
た。
自転車の速度を弛め、ワンちゃんに近づいてみる。瞬間合っ
た目の中に、狼狽とあせりの色が浮かんでいた。
「棄てられて、どうしていいのかわからず必死で飼い主を捜
している」
そんな目であった。
尻尾を下げ、通勤時の混雑の中を主人を捜して車道から歩道
へ、自分の帰るべき方向さえも見失った、それほどに必死であ
り狼狽した目がそこにあった。
初めての目であった。野良君たちとの接触はかなり多いはず
の私にとって、言葉も出ないほどの目であった。棄てられたと
いうことをまだわかっていない、ただ単に主人とはぐれ、慌て
て捜している・・・しかし、一抹の不安もある・・・言い表し
ようのない哀しさが突き上げてくる。
遊歩道の樹々の間に隠れるように身を縮めて入っていったワ
ン君の後ろ姿が哀れである。
|
午後、検査と投薬の相談のため病院へ出向く。検査結果は思っ
た以上に良くなかった。副腎の異常が顕著に出ている。
「腫瘍の可能性もありますから、念のためCTを撮りません
か?」
主治医が努めて何気なく断層撮影を勧める。予約の要る断層
撮影を直ちに実施してくれる。撮影が終わり調整室のコンピュー
ターの前に座る。
知人の技師に、今撮影したばかりの画像を出力して貰う。
「癌か・・・・・」
不思議に何の感情も湧いてこない。画像が出力されるまでの
短い時間に頭に浮かんできたのは、貯木場の癌に侵されたワン
君のことだけであった。
左腎臓内に小さな結石ができ、やや脂肪肝気味の肝臓の他は
何の異常も認められなかった。レントゲンのコピーを頼み調整
室を出る。
「まだ生きて頑張らなければいけないんだ!」
「数えることのできないほどの大勢の不幸な子供たちの内の、
例え何頭かでもこの腕で助けなければ・・・・・いけない
んだ!」
ほんの一瞬
「これで哀しみから解放されるかも・・・・・」
そう思った自分を断層撮影室に置き、主治医のいる部屋に移
る。廊下の窓から茜色に染まった五色台の空が見えた。
|