車を停める暇もなかった。自動販売機の詰め替え作業をして
いた岬のおじいさんの側で座っていたコロが、ドアのすぐ横ま
で跳んできて頭を地面にこすりつけながら激しく尻尾を振って
いた。声も出せずただ喜んでいる。両前肢を交互に出し、甘咬
みを繰り返す。お腹は減っていないようだ。
展望台への道を一、二歩、歩いたとき、全速力のコロが坂道
を駆け上がっていった。急な坂道を一気に登ることができず、
所々で休憩をとりながらコロのあとをついて行く。コーナー、
コーナーで私の顔が見えるまで待っていたコロが急に展望台横
の茂みに入って行く。
「ひよっとしてクロの何かがあるのでは!」
と思い、茂みに入ってみる。何もなかった。展望台の階段下
で待っていたコロに「行こう!」と促すと、階段を駈け登る。
さすがに息が切れて幻暈がする。展望台の立て看板に距離が
記されていた。
「大山崎展望台まで五百米・有料道路まで千二百米」
千二百米先は、太郎たちのいた駐車場である。コンクリート
の椅子に座り西の空を眺める。瀬戸大橋のアーチに夕暮れの太
陽が落ち掛かっていた。岬と山との分岐点で、どちらに行くの
だろうかという顔でコロが待っていた。とても登るだけの体力
はない。岬を指さすのと同時にコロが飛ぶように駈けていった。
かなり遅れて岬の駐車場が見えるところまで下りてくると、
車の横でコロが尻尾を振りながら待っているのが見えた。犬缶
のケースをおじいさんに預け、コロの顔を見る。お腹は膨らん
でいるのに、鼻を鳴らして催促の声をあげる。トランクにあっ
た種類の違う犬缶を三個、ぺろりとお腹の中に流し込む。足の
怪我も完治し、少々臭い匂いはするがコロは元気であった。
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昨日はカシラと幸そしてシロにしか逢うことができなかった
貯木場に向かう。今日から新しい血管拡張剤を服用し始めたた
めであろう、立っているだけで動悸と幻暈が襲ってくる。少々
気分が悪く吐き気も感じる。
暖房をシートヒーターだけに切り替え、サンルーフから冷た
い空気を入れる。外気温は八度を示していた。薄暗くなり始め
た貯木場では、先ずクロが出迎えてくれる。
誰もいないのかと思いながら、ピクニックケースにぎゅうぎゅ
う詰めにした食餌を配り始めると、シロと五郎が跳んでくる。
海岸で釣りをしている女性にクロが吠え始めた。
その声を聞いたのだろう、久しぶりにオフクロが姿を見せて
くれる。幸も足下に走ってきた。道路の向こうの石置き場の陰
からカシラも、のそーっと顔を出す。全員の顔が揃った。
既に誰かから食餌を貰ったのだろう、みんなあまりガツガツ
とはしていない。昨日パンをもってきたとき、バスの駐車場か
らカステラの包みを口にぶら下げてついてきたカシラはウトウ
トと眠り始める。クロが頭を擦り寄せてきて甘えている。見て
いたシロが顔をめがけて跳びついてきた。
「ウギャン」クロが威嚇の声をあげシロは跳んで逃げる。両
肩に前肢を乗せてきたクロが尾を振りながら私の鼻をペロリペ
ロリと舐め始める。威嚇されて側に来ることができないシロが、
五郎に馬乗りになって耳を咬んで鬱憤を晴らしている。
幸はお腹を上にして尻尾を降り続け、オフクロが少し離れた
ところからこちらの方を見つめていた。
対岸のフェリー乗り場のネオンサインが明るさを増し、風の
ない貯木場の一日が音もなく暮れようとしていた。
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