山肌が紅く染まっていた。その紅い肌の間から黄色く色づき
始めた蜜柑が顔をのぞかせている。舞うように風がおこり、フ
ロントガラスに木の葉が押し寄せる。雨で洗われた樹々の息づ
かいが聞こえてくる。
岬の駐車場脇にクロが寝そべっていた。その横にはコロが寄
り添っている。車の音に反応して先ずコロが走り寄る。後躯を
ふらつかせながらクロが懸命に車の所まで歩いてくる。赤身の
多い肩肉はクロに、ボイルした肉はコロに! 海からの風が吹
き上げてくる岬での昼食である。クロの生肉に仕込んだ広範囲
抗生物質も今日は難なく食べてくれる。
クロの後躯のふらつきは相変わらずであった。走ることもか
なり難しそうである。何とかビタミン剤を投与するためクロを
崖際に追いつめる。後ろを阻まれたクロがお腹を返して無抵抗
の姿勢をとる。抱き上げて風通しのいい歩道の横の縁石の所ま
で運ぶ。抱かれたままである。薬を飲ませ、今度はコッフェル
とはさみを両手に持ち毛玉と雑草の除去に取り掛かる。
長毛種のクロの全身は毛玉だらけであった。尻尾から耳の下
まで、丁寧に毛玉を取り除く。毛の中に埋没している雑草の実
も一つ一つほぐしながらとってゆく。クロはぴくりとも動かず、
じっとされるに任せている。
心音もコロよりは明瞭でしっかりとしている。呼吸音にも異
常はない。口腔粘膜も、眼の中の毛細血管にも異常は見当たら
ない、鼻孔が少し乾いている。後肢の機能障害もない。骨盤に
も、その周囲にも何一つ外見上の異常は見当たらない。恐らく
神経系統の障害であろう。ゆっくりと歩いて崖を登ってゆくク
ロを見送り、山上の駐車場に向かう。
紅葉狩りの観光客で一杯の山上の駐車場でゴロが出迎えてく
れる。暫く車を見つめていたゴロが急いで近づいてくる。凡そ
五メートルの距離を置いて見つめる。少し哀しそうな、遠慮が
ちの二つの眼は山裾の茶の目つきと寸分違わない。呼びかける
声にもちゃんと反応する。
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暫く大人しくしていたゴロが、早く食餌をよこせと身体に似
合わないかわいい声で吠え続ける。缶詰を開け太郎がいつも食
べていたすし桶の食器に大急ぎで並べる。
瞬く間に五缶を胃の中に流し込む。下腹部がようやく膨らん
できた。土手の木の下に洗面器一杯のドライフードを置き、ゴ
ロに別れを告げる。太郎と同じように茂みの間から見送ってく
れる。
岬の崖でコロが待っていた。クロはかなり高いところにある
草の上で休んでいる。朝から軽い発作に襲われたせいだろうか、
体中から汗が出てくる。風に当たりながら遊歩道を歩く。
コロは右側にぴったりとくっついている。時折、軽く手を咬
みに来て存在を私に知らせる。
しゃがみ込んだ顔を遠慮がちに舐める。やっと汗がひき、呼
吸が楽になる。眼でコロに大丈夫と伝えると、クロのいる山の
方へとことこと歩いて行く。
岬の駐車場の周りも紅い色に染まり、時折吹き上げてくる海
からの冷たい風が、木の葉と共に太郎たちの冬の夢を運んでく
る。
今にも降り出しそうな瀬戸内の夕暮れが迫り、一段と風が冷
たく吹きはじめた。
香川県坂出市王越町大崎・・・コロとクロの住所であり、
五色台の三角ゾーンの入り口でもある。
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