やっと十年目に、少しだけ返すことが出来た。夕闇がおし包
んだ貯木場には成犬三頭、仔犬三頭が集まっていた。真っ黒の
成犬が二頭に茶色が一頭、ビーグルらしい仔犬が一頭、オフホ
ワイトの仔犬が一頭そして長毛の黒と茶の仔犬が一頭である。
成犬は初めてみる顔であった。四度目になる仔犬たちは尾を
振りお腹を返して再会を喜んでくれる。
成犬たちが食餌を無心してさかんに声をあげる。仔犬たちは
鼻声と共に一層甘えを重ねてくる。いつもの事ながら、頭の中
が空っぽになる。
犬缶を開け数箇所に分けて置く。少し警戒しながら成犬たち
が口をつけはじめ、つられて仔犬たちも食餌を始める。
蘭ちゃんの古い首輪とリードを右手に、一番ビーグルらしい
男の子を捕まえるチャンスを待つ。やはり解るのであろう、な
かなかそばに寄ってこない。
二度、三度追いかけてみるがうまく逃げられてしまう。奥の
手である。道端に座り込んで仔犬君が寄ってくるのを根気よく
待つことにする。
頭を低く下げ、半分上目遣い、おっかなびっくり膝の中に仔
犬が擦り寄ってきた。しっかりと抱きしめ首輪を入れ、持参の
段ボール箱に入れる。
しろちゃんのバスタオルとペーパーシーツが敷き詰められて
いる段ボール箱に大人しく座ってくれる。車の助手席に運んで
も暴れない。座り込んだまま待っている。啼き声もあげない。
周辺の草むらにドライフードを置いている間も、じっと待っ
ていた。右手で頭を撫でながらハンドルを握り放送局までのド
ライブ。助手席の箱の中から少しだけ不安そうに顔を見つめて
いる。優しい女の子のような顔つきの仔犬であった。
正面ロビーの椅子の上で吠えることもなく迎えを待つ。エレ
ベーターから代理の女子職員が出てくる。
「まぁかわいい!」
「暖かい日にお風呂に入れてやってくれるよう伝えて下さい」
「お伝えします」
静かに頭を撫で、そっと「元気で!」
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たった一言の別れの言葉であった。名前をつけるいとまも、
抱き上げてほおずりをする時間もないまま、貯木場の男の子は
五色台の麓近くの神社に貰われていった。
もう寒い思いをすることも、お腹を減らして食餌を探すこと
も、車に怯えることもない。広い神社の境内を庭に、樹々を友
とし、陽光を一杯に受けて幸せな犬生を送ることであろう。
犬缶の入った袋と共に旅立って行く仔犬の優しい眼が、十年
を経てやっと少しだけ心の中の負債を軽くしてくれた。
心の中の犬たちに対する語ることの出来ない想いが貯木場の
チビやオオボスたちのあの優しかった眼と重なった。
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