録音スタジオから出るのももどかしく放送局を後にし自分の
ゴルフショップへ大急ぎで帰る。里親募集のポスターを見て申
し込みがあったという連絡が局に入ったからである。
事務員から詳細を聞く。夕方七時以降にこちらから連絡を入
れるということが決まっていた。昼の定時ニュースを読み終え
るとすぐ車に乗りいつもの通りドライフード、犬缶、パン、そ
して今日は特別に牛肉などを持って一路五色台へ向かう。早朝
からの雪のため路面は濡れて光っていた。南国ゆえに雪道での
走行は全く経験がない。スピードを出してはいけないと思いな
がらもメーターは九十キロから百キロを指していた。
登山道の入り口で車を止め、いつもいるクロとコロのために
用意した食糧を開ける。先週の土曜日から住み着いている紀州
犬の雑種らしい白いワン君も尾を振りながら寄ってくる。土曜
日にはこのワン君、犬缶八個とパン三個をむさぼるように食べ
た。余程空腹だったのであろう。今日はシロ君と名前をつける。
よく食べる。犬缶四個にパン三個でまだ足りないような顔をし
ている。
ドライフード三キロを置き山道へ向かう。いつもの場所にい
つもの通り胡桃たち親子五頭、そして太郎と権兵衛が雪の中で
空の餌箱を前にして全身で歓迎してくれる。八つの大きな寿司
桶の餌箱に持参の食糧を、新しいドライフード十キロを住居の
周辺に置き、胡桃の子供の内雄の大五郎を捕まえるチャンスを
窺う。二度三度、旨く捕まえることができない。
仔犬といっても結構素早い。悪戦苦闘三十分余、やっと大五
郎に新しい首輪とリードを着けることに成功。母親の胡桃が悲
しそうな声をあげる。でもいずれは親子の別れがあると自分に
言い聞かせ逃げるように山を下りる。
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「必ず幸せになって貰うから・・・」
何度も何度も聞こえるはずのない胡桃に向かって声を掛ける。
途中「蘭ちゃん」の主治医のところに寄り大五郎の健康診断。
ハダニと回虫が少し寄生している以外は全く問題ないとの診察。
生後五十九日目にして体重四千五百グラムは、主治医の苦笑を
かいはしたがまずまずの成長ぶりであった。
夜七時五分、メモされていた電話番号を回す。男の人が出る。
聞かされていた女性の名前を告げる。一瞬の沈黙の後、「そん
な人はいない、番地も違う、近所にも該当する名前の人は住ん
でいない」という返事。何が起こったのか解らないまま事務員
に同じ番号に電話を掛けて貰う。返事は一緒であった。それで
もなお事態が飲み込めなかった。
告げられていた住所を頼りに調査を始める。放送局員として
はごく初歩の調査である。十分後、該当住所は神社でありその
周辺に里親を申し込んできた女性の名前は存在していないこと
がわかった。いたずらであった!
不思議に腹は立たない。悔しくもない。ただ大五郎と声を掛
けると、目を開け尻尾を振る小さな子と、悲しそうに見送って
いた胡桃のことが胸を突いてくる。今夜は大五郎をお風呂にい
れダニを取り、毛を梳いて一緒に寝てやることにする。明日、
胡桃の元に連れて帰ろう・・・
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