いたずら!



2月8日
 録音スタジオから出るのももどかしく放送局を後にし自分の
ゴルフショップへ大急ぎで帰る。里親募集のポスターを見て申
し込みがあったという連絡が局に入ったからである。

 事務員から詳細を聞く。夕方七時以降にこちらから連絡を入
れるということが決まっていた。昼の定時ニュースを読み終え
るとすぐ車に乗りいつもの通りドライフード、犬缶、パン、そ
して今日は特別に牛肉などを持って一路五色台へ向かう。早朝
からの雪のため路面は濡れて光っていた。南国ゆえに雪道での
走行は全く経験がない。スピードを出してはいけないと思いな
がらもメーターは九十キロから百キロを指していた。

 登山道の入り口で車を止め、いつもいるクロとコロのために
用意した食糧を開ける。先週の土曜日から住み着いている紀州
犬の雑種らしい白いワン君も尾を振りながら寄ってくる。土曜
日にはこのワン君、犬缶八個とパン三個をむさぼるように食べ
た。余程空腹だったのであろう。今日はシロ君と名前をつける。
よく食べる。犬缶四個にパン三個でまだ足りないような顔をし
ている。

 ドライフード三キロを置き山道へ向かう。いつもの場所にい
つもの通り胡桃たち親子五頭、そして太郎と権兵衛が雪の中で
空の餌箱を前にして全身で歓迎してくれる。八つの大きな寿司
桶の餌箱に持参の食糧を、新しいドライフード十キロを住居の
周辺に置き、胡桃の子供の内雄の大五郎を捕まえるチャンスを
窺う。二度三度、旨く捕まえることができない。

 仔犬といっても結構素早い。悪戦苦闘三十分余、やっと大五
郎に新しい首輪とリードを着けることに成功。母親の胡桃が悲
しそうな声をあげる。でもいずれは親子の別れがあると自分に
言い聞かせ逃げるように山を下りる。
 「必ず幸せになって貰うから・・・」
何度も何度も聞こえるはずのない胡桃に向かって声を掛ける。

 途中「蘭ちゃん」の主治医のところに寄り大五郎の健康診断。
ハダニと回虫が少し寄生している以外は全く問題ないとの診察。
生後五十九日目にして体重四千五百グラムは、主治医の苦笑を
かいはしたがまずまずの成長ぶりであった。

 夜七時五分、メモされていた電話番号を回す。男の人が出る。
聞かされていた女性の名前を告げる。一瞬の沈黙の後、「そん
な人はいない、番地も違う、近所にも該当する名前の人は住ん
でいない」という返事。何が起こったのか解らないまま事務員
に同じ番号に電話を掛けて貰う。返事は一緒であった。それで
もなお事態が飲み込めなかった。

 告げられていた住所を頼りに調査を始める。放送局員として
はごく初歩の調査である。十分後、該当住所は神社でありその
周辺に里親を申し込んできた女性の名前は存在していないこと
がわかった。いたずらであった!

 不思議に腹は立たない。悔しくもない。ただ大五郎と声を掛
けると、目を開け尻尾を振る小さな子と、悲しそうに見送って
いた胡桃のことが胸を突いてくる。今夜は大五郎をお風呂にい
れダニを取り、毛を梳いて一緒に寝てやることにする。明日、
胡桃の元に連れて帰ろう・・・