心の会話



2月14日
胡桃と子供たち
 標高二百メートルの五色台に住み着いている野良君たちに食
餌を運び始めた夏の入り口の日からもう十ヶ月が過ぎようとし
ている。

 まだ仔犬だった胡桃と名付けた雌の一頭が身ごもり、厳しい
冬の訪れと共に五頭の子供を産み落とした。哀しい闘いの始ま
りでもあった。二日に一度時には連日、犬用の加工缶詰、ドラ
イフード、ミルク、補助食品などをトランク一杯に詰め込んで
の往復五十キロの行程はそれほどの苦痛ではなかった。

 身体全体を尻尾にして歓迎と親愛の情を示してくれる胡桃と
雄の太郎、そして胡桃の兄弟の権兵衛。大きな寿司桶に脚まで
突っ込んでペチャペチャと食餌をする五頭の仔犬たち!

 どんな疲れも、どんな嫌な出来事も吹き飛ばしてくれる心な
ごむ温かさがそこには存在していた。
 およそ三日分の食餌を用意し、彼らに別れを告げるときから
不安と哀しみの闘いが始まる。「野良に餌をやるから野犬が増
えて困る!」「汚い」「いい歳をして、たかが犬のために・・」
などという非難の声を背に受けることは、哀しいことではあっ
たが耐えられないほどのものではなかった。

 家で共に暮らしている五頭の犬たちには、いつも目が届き、
病気のときも散歩のときもどんなときにでも家族としての安全
の保証ができている。しかし便宜上「五色台の野生児たち」と
名づけた彼らの上には将来の何の保証もなく、また野犬狩りか
ら守ってやることさえもできないのである。

 木枯らしの音が妙に耳に響く深夜、彼ら「五色台の野生児た
ち」に思いを馳せても寒さから守ってやることすらできないの
である。そんな自分の不安を打ち消し、彼らの安全を確かめる
ためにも、二日に一度の給餌は欠かすことのできない仕事以上
に大切なことであった。

 仔犬たちはすくすくと育ち、というより、定時に給餌ができ
ない不安から多め多めに置いている食餌のせいでかなり肥満児
になったが、仔犬たちの生活は順調に推移していた。
 山の胡桃の元に帰した大五郎は今では給餌の度に一番にそば
に寄ってきて尻尾を振り腕に抱かれるようになっている。上目
遣いで私を見ていたそれまでの目つきが、真正面からじっと瞬
きもせず見つめてくれるようになっていた。

 山に帰す日、「これからはこんな汚れた人間の世界に目を向
けず、自分の力で親兄弟を守れるリーダーになれよ!」と語り
かけた言葉が解ったかのようであった。何の安全も保証されず、
病いから身を守る術もない彼らではあるが、親兄弟と共に、例
え短くても、彼らの犬生を全うしてくれることを願うほかはな
い。

 日毎に山へ誘ってくれる彼ら「五色台の野生児たち」。じっ
と座って尾を振る元気な彼らを見るだけで言い表すことの限界
を遙かに超えた喜びを与えられ、物言わぬ彼らから教えられる
ことが多い。


 人恋し 目元哀しき山の子に 吾何をして 何を語らむ