およそ三日分の食餌を用意し、彼らに別れを告げるときから
不安と哀しみの闘いが始まる。「野良に餌をやるから野犬が増
えて困る!」「汚い」「いい歳をして、たかが犬のために・・」
などという非難の声を背に受けることは、哀しいことではあっ
たが耐えられないほどのものではなかった。
家で共に暮らしている五頭の犬たちには、いつも目が届き、
病気のときも散歩のときもどんなときにでも家族としての安全
の保証ができている。しかし便宜上「五色台の野生児たち」と
名づけた彼らの上には将来の何の保証もなく、また野犬狩りか
ら守ってやることさえもできないのである。
木枯らしの音が妙に耳に響く深夜、彼ら「五色台の野生児た
ち」に思いを馳せても寒さから守ってやることすらできないの
である。そんな自分の不安を打ち消し、彼らの安全を確かめる
ためにも、二日に一度の給餌は欠かすことのできない仕事以上
に大切なことであった。
仔犬たちはすくすくと育ち、というより、定時に給餌ができ
ない不安から多め多めに置いている食餌のせいでかなり肥満児
になったが、仔犬たちの生活は順調に推移していた。
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山の胡桃の元に帰した大五郎は今では給餌の度に一番にそば
に寄ってきて尻尾を振り腕に抱かれるようになっている。上目
遣いで私を見ていたそれまでの目つきが、真正面からじっと瞬
きもせず見つめてくれるようになっていた。
山に帰す日、「これからはこんな汚れた人間の世界に目を向
けず、自分の力で親兄弟を守れるリーダーになれよ!」と語り
かけた言葉が解ったかのようであった。何の安全も保証されず、
病いから身を守る術もない彼らではあるが、親兄弟と共に、例
え短くても、彼らの犬生を全うしてくれることを願うほかはな
い。
日毎に山へ誘ってくれる彼ら「五色台の野生児たち」。じっ
と座って尾を振る元気な彼らを見るだけで言い表すことの限界
を遙かに超えた喜びを与えられ、物言わぬ彼らから教えられる
ことが多い。
人恋し 目元哀しき山の子に 吾何をして 何を語らむ
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