心 と 心



8月7日
 午後三時過ぎ、栃木県からはモン君、伊丹からひろさんが駆
けつけてくる。電話での会話で知りすぎるほど知り尽くしてい
た初めての大地五色台! ニュイ君にとっては四度目の五色台
訪問であった。

 登山口にさしかかった自動車を目敏く見つけて追いかけてき
たクロをそのままに、料金所を通り急な坂を上り詰めヘヤピン
カーブに差し掛かる。

 この二週間、殆ど逢うことのできなかった太郎や権兵衛そし
てさくらが、果たして駐車場にいるだろうかという不安と共に
ハンドルを切る。

 視界が開けた途端、太郎、権兵衛、さくらの三頭が車めがけ
て走り寄ってきていた。もう一年以上繰り返してきた出会いの
光景がやっと帰ってきたのであった。何一つ変わることのない、
いつもの光景が狭い駐車場の片隅に展開されていた。

             *****            

 モン君もひろさんも、誰も一言も喋ろうとはしなかった。慣
れない手つきで缶詰を開けようとするひろさん! すし桶を丁
寧に拭きながら何とも言いようのないやさしい顔で太郎たちを
見つめているニュイ君! 何をどう表現すればいいのか、眼前
で進行している五色台の野生児たちの物語通りの出来事に息を
飲むモン君!

 スープをスチロールのお皿に移しているモン君の顔が紅潮し
て輝き、大きな目を見開いたひろさんの顔から慈愛に満ちた笑
顔がこぼれ落ち、四度目の感動に言葉を失ったニュイ君は、懸
命にパンを運んでいた。
 いつの間にか雨が上がり、うっすらと陽の光の差し込んでき
た駐車場で、三頭と四人の心が静かに繋がり、夕暮れを待つ月
見草の蕾の黄色が一陣の涼風と共に生きることの優しさを教え
てくれるかのように微かに震えていた。

 車の中から別れを告げる四人に、両前肢を揃え、背筋をぴん
と伸ばして見送ってくれた太郎の目の中に総ての優しさが宿っ
ていたことをそれぞれの胸に秘めながら、窪地の茶、名無しそ
して二頭の仔犬に給仕を済ませ岬のクロとコロのところに向か
う。

             *****            

 待ちかねていたクロとコロが走り寄ってくる。犬缶を開けて
もらい、一生懸命に食べている二頭の姿以外は目に入らない。

 乾いた喉を清涼飲料水で潤しながら、ちびの捨てられていた
場所を示し、茶や名無したちのことを説明していても、コロの
甘える仕草に応えていても、何も考えることも何も見ることも
できなくなっていた。ひろさんやモン君、ニュイ君の顔ですら
目に映らない。

 全員の元気な姿を目の前に、彼ら野生児たちと例え何日も逢
うことができないことがあるとしても、共に精一杯それぞれの
運命の下、優しさと感謝の念をもって生きていることが、はっ
きりと心の中で確認できたのであった。