台風が運んできた南の湿った空気のせいであろうか、朝から
蒸し暑く体中がべとべととするような一日であった。青い空の
所々に浮かんでいる厚い雲の固まりの間からやっと真夏の太陽
が顔を出し、風のほとんどない海面は鏡のように青く澄み渡っ
ていた。
午後四時、車外温度は三十一度であった。フロントガラス越
しに照りつける太陽が眼に痛い。登山道路の所々に折れた木の
枝が散乱していた。
サンルーフをフルオープンにして山の空気を吸い込む。料金
所を通過した頃には外気温は二十八度にまで下がっていた。
ヘヤピンカーブを曲がり、台風で薙ぎ倒された雑草の間を抜
ける。太郎、権兵衛、さくらの三頭が迎えてくれる。
生い茂った雑草の中を走りながらさくらが食事の催促である
低く構えた姿勢から押さえた啼き声を放ち、威厳を保ったまま
の、それでいてどこか甘えの匂いを残した太郎がぴんと尻尾を
立てて手の届くところまでやってくる。
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相変わらず少し距離を置いたところで権兵衛が催促と歓迎の
声をあげ、待ちかねたさくらが手を舐めにくる。
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今年二回目の食中毒警報が発令されたラジオニュースを読ん
でいたので、冬の時と同じように現場での食事作りに取り掛か
る。三個ずつの犬缶を開けそれぞれのトレーに細かく砕いて盛
りつける。木陰の風通しのいい場所が今日の三頭の食卓である。
おとなしく食卓についている三頭を後目に、すし桶を洗いド
ライフードと食パンを山盛りにして、トイレの裏側のひさしの
下に置く。日持ちのする状態を絶えず心がけておかなければな
らない。
たくさんの食餌を置いておきたいものの、腐敗の心配の方が
大きい。食餌を終わったさくらが雑草の中でころころと回転し
鼻を擦り付けて満腹感を表し、すぐ近くの木のトンネルの下で
太郎がゆったりとした犬座位でこちらを見ている。権兵衛は潅
木の中に座り休息の体制である。
芝生広場の水道に下りていき、食後の水を用意する。ぽっか
りと浮かんだ夕暮れの白い雲の下で数十匹の赤蜻蛉が飛び交っ
ている。
雨に洗われた山の緑と青い空に浮かぶ白い夏雲、風の止まっ
た山頂の芝生広場の上を乱舞する秋の訪れを告げる赤蜻蛉・・
しばしの安らぎの刻が山上の一角にまた舞い降りてくれたよ
うであった。
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