北 風



10月23日
 轟々と唸る風の音で目覚める。一時的に冬型の気圧配置にで
もなったのであろうか、妻がセーターを持ってくる。昼過ぎに
なってもまだ風は治まらず、ビュービューと言う音と共に吹き
抜けて行く。

 午後三時、岬の駐車場に到着。早速コロが車の横に跳んでく
る。ジャンプをしながらの歓迎の挨拶。今日はとうとう口を舐
めに来る。

 食餌の後遊びたいという風情のコロを残して山頂に向かう。
背の高さほどもある雑草が一面に生い茂り、ここだけは風も通
り抜けてはいなかった。外気温計は十三度を示している。

 太郎も権兵衛も、誰も出てこない。木の下の食器を取り出し
新しいドライフードで満たす。トイレの裏にも食パンを置く。
芝生広場を一周しながら合図の口笛を吹くのだが、何の返事も
返っては来ない。

 自然科学館とは反対の、岬の方の山を探すことにする。二頭
のワンちゃんが岬の山の林の中にいるのが見えた。車を降りて
周辺を探してみる。

 ゴロともう一頭、初めての顔であった。二頭とも林の中に入
りどこかへ行く途中であったのだろう。

 「ゴロ!ゴロ!」

 声に反応して林の中からゴロが道端まで帰ってくる。

 トレーにドライフードを移し、ビーフ缶を出した途端、ゴロ
が「ワンワン」と催促の声をあげる。貪るように食べるゴロを、
座り込んで見つめる。

 アッと言う間に食餌がなくなる。新しい缶詰とドライフード
を持ってゴロに近づくと、やはりさっと逃げる。

 食糧をトレーに移し後ろを振り返る。ゴロが待っていた。パ
ンとドライフードを周辺に置き、ゴロと多分胡桃の血縁であろ
うワンちゃんに別れを告げ山裾の窪地に向かう。

             *****            

 窪地が視界に入ったとき、コロが一生懸命窪地めざして走っ
ている姿が目に飛び込んでくる。窪地に行けば私がいると思っ
て、岬から走ってきたようであった。

 車の横で激しく尻尾を振りながら待っている。何処へ行くと
いう目的もないようであった。崖下の食餌を置いたところまで
コロと共に下りてみる。
 ドライフードもパンも、そのままであった。茶も名無しも子
供たちも、多分病気のため何処か人目に付かないところでひっ
そりとその生を終えたのであろう。

 烏の豌豆の咲いていた土手をコロと共に登る。先になり後に
なりコロがちゃんとエスコートしてくれる。息が切れそうになっ
て立ち止まると、足下まで帰ってきて「伏せ」の姿勢のまま、
私が動き始めるまで待っている。

 何処か他にコロの目指しているところでもあるのかと思い、
先に行くように促してみても、何処にも行く様子を見せない。

 眼下に広がる塩田跡の原っぱを、何か動いているものはいな
いだろうかと探す。茜色に染まった夕焼け雲の下で、生い茂っ
た雑草が風に揺れているだけであった。

 車をゆっくりとスタートさせる。サイドミラーにコロが付い
てきている姿が映る。窓を開け左手を出してコロを呼ぶと、ア
スファルトの道に爪が当たるチャキッ、チャキッと言う軽快な
音を響かせながら一生懸命に車を追いかけてくる。

 岬までの凡そ二キロをコロは完走した。呼吸の乱れもなく、
岬の縁石に座っている私の足下でお腹をひっくり返して甘えて
いる。

 大きな声で呼んだのが聞こえたのであろう、クロが山道を下
りてきてくれる。ほんの少しだけ元気になったのであろうか!
相変わらず食餌は欲しくなさそうであった。

 足の間に潜り込んでくるコロをあやしながら、クロの様子を
観察する。左後肢に軽い麻痺が認められ、熱のせいか、小刻み
に震えている。鼻孔付近も乾燥していた。目脂は付いていない。


 おじいさんにクロの食糧を預け、暗くなった道を高松に向か
う。


 緑色がかった色に濁った海に白馬が走り、頭上ではさながら
真冬のように風が轟々と唸り声をあげていた。コロちゃん、今
日は有り難う・・・・・