霧雨と躑躅の花



4月29日
 午後四時、いつも通り五色台の野生児たちへの給餌に出かけ 
る。昨夜からの激しい雨も峠を越えたのだろう、霧雨に煙って
瀬戸の島々が海の上に浮いているように見える。

 登山道の入り口にはクロとコロが仲良く座っていた。先日の
給餌の時、太郎の右足の様子がおかしかったことが気になって
いたのでクロたちには後で給餌することにして山頂の駐車場を
目指す。

 気温が下がっているのか足元が冷たく感じる。外気温十四度、
四月にしてはかなり低い。

 料金所を通り、自然科学館の前のヘヤピンカーブを曲がると、
もう太郎、権兵衛、さくらの三頭が車を目指して駆け寄ってき
ているのが目に入る。

 太郎の右前脚は少しは良くなっているようであった。さくら
が早く食餌を出せと尻尾を振りながら吠え続ける。太郎は静か
に尻尾を振りながら用意が整うのを待ち、権兵衛は少し離れた
ところで行儀良く私の動作を見守っている。

 霧雨のせいであろう、風もなく、時折鳴くカラスの声以外の
物音は何もなかった。つい二週間ぐらい前は紫の躑躅の花が満
開であった。

 桜が散り山の色が殆ど若葉色に変わってきたのと共に、薄紅
色とピンクの躑躅の花が、今を盛りと咲き誇っていた。
淡い朱に包まれた駐車場は木枯らしの季節とは、はっきりと違
った色に変わっていた。初めて胡桃たちに逢った小雨の降りし
きる梅雨の季節とも違っていた。
美味しそうに食べてくれる様子を暫く眺め駐車場をあとにする。
 山裾の海岸道路沿いの斜面にいる「茶」「名無し」そして仔 
犬たちへの給餌である。海際の土手に埋葬した一頭を除いて三
頭の仔犬たちと茶そして名無しの五頭が何処からともなく駆け
寄ってきて、それぞれに食餌を始める。

 三頭の仔犬たちは、大五郎とほぼ同じくらいの大きさに成長
している。推定八キロくらいの体重であろうか。やっとクロと
コロの食餌の順番である。

 口笛を一回吹くだけで、斜面から跳んで下りてくる。コロが
しきりに甘える。大きな図体の割にはあまちゃんである。クロ
はおとなしく、しかし決して私から離れないで、じっとお座り
をして歓迎の挨拶をしてくれていた。

 およそ三十分、クロとコロとに遊んでもらい帰路につく。午
後六時を回っていた。家ではベンジャミンや蘭たちが散歩を待
っている。大五郎も、ちびも遊んでもらいたくて待っているに
違いない・・玲も、ももたちも・・・

 今日は結婚二十五年の記念日である。山の子供たちも全員元
気で無事な姿を見せてくれた。家の子供たちも優しさを一杯に
たたえて毎日を過ごしてくれている。何にも代え難い素晴らし
い贈り物を貰った。