陽溜まり



1994年1月1日
 風もない穏やかな空の下で五頭の犬たちが身体を伸ばして休
んでいた。大晦日の夕方、年越しのために置いた食餌は見事に
空になっていた。

 ビーグルとシェルテイとシェパードを掛け合わせたような男
の子、左耳がきれいに折れ、右耳はちゃんと立っているオフホ
ワイトのひ弱そうな男の子も随分元気になっている。

 蘭ちゃんと同じように右後肢が折れてびっこをひきながら擦
りよってくる女の子は、相変わらず元気いっぱいのようである。
真っ黒い毛に全身を覆われている母親らしい犬、少し用心深く
よく栄養が行き渡っている仲間の雌犬君も、今日は少しだけゆっ
たりとした足どりである。


 貯木場の仲間たちに会ってから神戸に帰るというニュイ君を
送りがてらドライフードを届けに来た元旦の昼下がりの埋め立
て地は、時間も風もそして犬たちの心もゆっくりと流れていた。

 ニュイ君にお腹を見せて甘えている脚の不自由な女の子は、
どちらかというとおかめ顔の愛嬌のある顔つきであり、決して
美人の顔つきではない。それでもニュイ君にとっては五色台の
野生児コロとクロの面影が見えるのであろう、お腹を撫で、身
体全体に付いている雑草をとり、動かない脚を気遣っている。

 時折嫉妬心を燃やすのであろう細面のシェルティ風の男の子
が甘えた仕草でニュイ君の膝元に擦り寄って行く。空咳を繰り
返し、もう危ないのではと思っていたオフホワイトの子は、食
欲も一番であり、どうにか一安心できる状態のようである。

 三ヶ月齢から四ヶ月齢になっているのであろう、もう少し成
長しているのかも知れない。この二週間の内の成長ぶりは目を
見張るものがある。
 おずおずと前肢を出してきてお手をしてくれた真っ黒い毛並
みの母親は、何処かで飼われていたのだろう、お座りもお手も
できる。両耳の横に出来ている毛玉の状態から考えると、捨て
られてから少なくとも半年は経っているように思える。

 ゆったりとした動きからは、野良であることなどを伺わせる
ものは何もなかった。全身の汚れと、長毛種故の毛玉が、その
苦労を物語っている。


 澄んだきれいな瞳の母親である。にこにこと笑顔を絶やすこ
となく犬たちに接しているニュイ君の顔が輝いている。同じ場
所で、例え短くても同じ時間を共有している安らぎがニュイ君
に温かい笑顔を創らせるのであろう。

 全てのものが止まったかのような錯覚さえ覚えそうになるく
らい静かに刻が過ぎて行く。

 風もない穏やかな空の下で五頭の犬たちが身体を伸ばして休
んでいた。

      一九九四年一月一日 午後一時半

   しばしの安らぎを貯木場の野良たちと共有する。
   今年もまた野良たちに教えられながらの一歩が
   始まった。