午後三時からいつもの通り五色台の野生児たちへの給餌。今
日は食パンの角切りと缶詰、ドライフードとチーズ・ビーフ缶
の二種類それぞれ五キロずつをトランクに積み込む。朝から冷
え込みが厳しく風が強い。大五郎たちを保護して以来太郎と権
兵衛の姿が見えない山上の駐車場は、さながら廃虚のような感
じである。昨日の日曜日、ベンジャミンと蘭を連れて付近を捜
索するつもりでいたのだが、風雨が強く実行できなかった。
置いてあった食餌は綺麗に食べられてはいるものの、果たし
て太郎たちが食べてくれたものかどうか、確かめることはでき
ない。いったい何処にいるのであろうか! 大五郎たちがいた
ので、父親としてこの場所にとどまっていたのだろう。しかし
今はこの地に留まる理由はない。母の胡桃の所在も解らず、子
供たちも保護されたことは太郎には解らない・・・・・
山頂は躑躅の花が満開であった。桜の花も五分咲きであり、
鴬の鳴き声も早春の時期と比べ一段と柔らかく木霊していた。
雲の間から顔を覗かせている太陽も、大五郎たちが過ごした
日々より暖かく樹々を照らし、斜め上からの陽光が垂直に近く
なり、山肌の色合いも柔らかな緑に変わりつつあった。
胡桃たち親子が四ヶ月近く過ごした住居の周りには、観光客
が捨てたのであろう塵が散乱し、子供たちが遊んでいた原っぱ
では、紙屑が風に舞っているだけであった。ぽつんと置かれて
いる寿司桶の赤い色が荒涼とした感じを一段と増幅させていた。
身体中を尻尾にして車を出迎えてくれた胡桃も、少し離れた
ところから横飛びとお辞儀を交えて歓迎してくれていた太郎も、
何も言わずじっと自分の食餌の順番を待っていた権兵衛も・・
・・・・・誰もいなくなった・・・・・
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花々が咲き乱れ、全ての命あるものが待ち望んでいた春・・
しかし山上の駐車場にただ一人食餌の箱を持って立っている私
の春は、別離と哀しみの春なのであろう・・・春が嫌いになり
そうだ。空の寿司桶を綺麗に清掃してから、用意していた食餌
を精一杯盛り上げ原っぱの隅に並べて置いておく。散乱してい
る塵を拾い集める元気はなかった。芝生広場を口笛を吹きなが
ら一周してみても、何の返事も返ってはこない。薄紫の躑躅の
花の色だけが、ただ陽に映えて輝いていた。
山裾に棲んでいるコロ・クロ・茶そして名無しと仔犬たち三
頭は元気であった。食餌もせず腹を返して甘えるコロの仕草も、
今日はどこか虚しかった。コロたちの住居の周辺で野草狩りを
をしていたのであろう一人の老人の姿が見えた途端、三頭の成
犬たちは唸り声を上げながら仔犬たちを守るために斜面を駆け
登って行った。やがてコロが尻尾を静かに振りながら帰ってき
た。一度も威嚇されたことがなかったのは、やはり、仲間とし
て認めてくれていたのだろうか・・・
春霞の向こうにぼんやりと瀬戸大橋が見える。太郎たちは何
処にいるのだろうか! きっと元気に峯々を駆け回っているの
であろう・・・・・
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