華(はな)



9月15日
 午後三時前、五色台の野生児たちの缶詰類を購入して自宅に
帰ったところ、あの懐かしい「ロバのパン屋」さんが車庫の前
で営業していた。何かおやつを持っていこうと考えていたとき
だったので十個ほどを購入。若いパン屋さんだった。

 「こんなに沢山どうするんですか?」

 「山の子供たちのおやつに持っていってやります」

 「えっ!」

 「ワンちゃんですよ! 野良君たちのおやつです!」

 青年は目を丸くしたまま動こうともしなかった。パンを受け
取りトランクから犬缶のケースを取り出しているのを見て「手
伝わせて下さい」と言いながらいろいろと犬たちのことを尋ね
てくる。一通り五色台の野生児たちのことについて説明すると、
目の色が変わってきていた。

 「そんなことをしている人がいるなんて、信じられませんで
  した!」
 「僕も是非仲間に入れて下さい。」
 「仕事中に道路の真ん中に捨てられていた、まだ目も開いて
  いない子猫を拾い、四匹の内二匹だけは何とか助けたこと
  もあります。今も六頭の野良を自宅で飼っています」

 真剣な表情の青年の気迫に押され、自室に招き入れ問われる
ままに自分のこれまでの経験について説明する。

 「今度時間のあるとき、是非いろいろと教えて下さい」

 五色台への時間が迫っていることを察知して青年は早口でそ
う述べると外に出ていった。

 五色台へ出かけるため車庫に出ると、先ほどの青年が手にパ
ンの包みを持って待っていた。

 「何かお手伝いできるといいんですが、何もできません。
  でもこのパンだけはどうか持っていって食べさせてあげて
  下さい。またお邪魔します」

 二十個ほどのパンの包みを手渡すと、青年は帰って行った。
いのちの重さを、いのちの温かさを理解したのであろう、きら
きらと目を輝かせていた。
 午後四時、五色台有料道路のゲートに到着。自然科学館への
道を曲がろうとしたとき、三頭のワンちゃんが道路脇にいるの
を見つける。

 太郎と権兵衛、そして胡桃ぐらいの初めて逢うワンちゃんだ
った。口笛を吹くと一斉に車の方を振り向き駐車場までの百メ
ートルを全力疾走でついてくる。

 いつもの位置に車を停めると、太郎と権兵衛そして初顔の一
頭が尻尾を振りながら寄ってくる。太郎は食餌の中身が解って
いるのだろうか、しきりに舌なめずりを繰り返す。

 炊き込みご飯をトレーに移すのも待てないようにまだ名前の
ない一頭が鼻を突っ込んできて必死に食べる。太郎も権兵衛も
いつも以上においしそうに食べてくれる。

 パンも、ドライフードも犬缶も食べてくれる。満腹になった
のだろう初見参のワンちゃんが縁石に腰掛けて太郎たちを眺め
ていた私の膝の中に入ってくる。

 抱き上げてみても、目をつぶりおとなしくしている。女の子
であった。胡桃と全く同じ毛色である。尻尾の上面に大五郎と
同じ黒い毛が混じっている。

 下におろしても逃げずに膝の中で座っている。似ている以上
であった。多分同じ血族の一員なのであろう。胡桃を若くした
ようなそのワン君、きっと子育てで忙しいさくらの代わりに太
郎と権兵衛がどこかから連れてきたのであろう。

 或いは、胡桃の兄弟かも知れない。また仲間が増えた。胡桃
もさくらも、きっと近くで元気に暮らしてくれているに違いな
い。

 華(はな)と名付ける。