前日から用意していた薬品類・注射筒などをトランクに積み、
妻が用意してくれていた生牛肉をボックスに入れて窪地のコロ
のところに向かう。
途中岬のクロに給餌。生後三ヶ月ぐらいの真っ黒の雌犬が、
捨てられたのであろう食餌をねだる。人懐っこい仔犬君である、
でもどうすることもできない。クロと仲良く暮らしてくれるこ
とを願う。
窪地では茶とコロが待っていた。コロは後躯に麻痺症状がみ
られる。それでも尻尾を振って側に寄ってくる。牛肉のパッケー
ジを開ける。食欲がないはずであるのに、しっかりと食べる。
隣の茶は食欲がかなり減退しているようであった。
カメラ用の三脚を立て、リンゲルの皮下点滴を始める。相変
わらず蚊が多い。ぐずるコロをなだめながら何とか三百tの輸
液を皮下に落とす。挙動がだるそうである。心音、呼吸ともに
それほどの乱れはない。
乾いた目脂が右目の周りにこびりついている。痒そうにはし
ない。
「ジステンパー・・・・・!」
不安が大きな塊となって胸の中に広がってくる。急激な削痩、
眼脂、後躯の麻痺、食欲の廃絶、鼻の乾燥・・・・・症状はそ
ろっている。茶の左目にも目脂がこびりついている・・・・・。
崖の下から仔犬の啼き声が聞こえてくる。茶の子供たちであ
ろう! 暗闇の中で座ったままのコロが顔を見つめている。
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午後十時半、ペニシリン製剤のアンピシリンと強心剤ジゴシ
ン、それにロースハム、スライスチーズなどを持って再び窪地
のコロのところへ。
漆黒の中をライトを照らしてコロたちを探す。闇に向かい
「コローッ、コローッ、コーローー」
何度も何度も呼んでみる。サーチライトの中に四つの目が光
る。三十メートルほど先の路側帯のところに茶とコロが立って
いた。走ることができない自分をせき立てコロの側に・・・・。
後躯麻痺のためか、立っているのがやっとというコロを腕に
抱き窪地の車のところに連れてくる。スライスチーズのパッケー
ジが旨くとれない。もどかしさと、こんな暗闇の中、しかも不
自由な体をおして崖を登ってきてくれたコロへの切ない感謝の
気持ちとでもみくちゃにされながら、二種類の錠剤をチーズに
くるみ食べさせる。何の懸念もなく薬入りのチーズを飲み込ん
でくれる。
途中買ってきた牛丼の肉もしっかりと食べ、ハムも二パッケー
ジ食べてくれる。独歩で崖下に帰ろうとするコロを抱き上げ、
元の路側帯のところまで連れて行く。車に帰り、もう一度路側
帯のところまできたときには、コロの姿は既になかった。
「しろちゃん! コロを呼んだらダメだよ、まだダメだよ。
守ってくれよーっ!」
中空に向かい亡くなったシロに向かって叫びながら帰路に就
く。
クロと新しく仲間入りしたチビクロも元気に夜食を食べてく
れた。
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