懐かしい匂いが漂っている。暗闇の中から小さな天使たちが
集まってきた。ヘッドライトの中の四頭の天使たち・・・・・
みんな背中を丸め、頭を落とし、少しだけ上目遣いに不意の訪
問者を見定めている。
取り出された食餌の匂いに釣られ、いちばん元気のいい、好
奇心の旺盛な男の子がにじり寄ってくる。食餌ケースに頭を突っ
込んで貪り始める。
トレーに盛られた食餌の方に、残っていた三頭が群がる。尻
尾を振りながら懸命に食べる。茶色の雌犬が近づいてきた。乳
房がまだ張っている。仔犬たちがじゃれついてゆく。母親であ
ろう。ゆっくりとトレーの食糧を食べ始める。
背中に何か別の気配! 真っ黒の長毛種の中型犬が背後で尾
を振っていた。母親に甘えていた仔犬たちが一斉にそのワン君
に群がる。頭からのしかかって行く子、脚をかじる子、父親で
あった。
ケース一杯の食糧を辺りに置き六頭の様子を見守る。周りの
景色は変わっていた。ワン君たちも違っている。でも十年前、
何も解らずただ食糧を運んできていたときと同じ、全く同じ空
気が漂っている。
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お腹をパンパンに張らして道路の真ん中に寝そべって甘える
仔犬、僅かばかり残っている広場で父親に突進する子! そし
て見守る母親・・・・・何も変わらず、ただ10年の刻が流れ
ただけ・・・・・。
両手を頭の所まで挙げ、お腹を上に向けて撫でて貰いながら
目で訴え掛ける仔犬。抱き上げて草の上に置き、
「車に気をつけろ、しっかり食べて早く大きくなれ!
ごめん・・・」
声にならない声で呟く。目をしょぼつかせながら顔を見つめ
る仔犬たちに、どんな言葉を掛ければいいのであろうか!
何時の日にか逢えなくなるであろう仔犬たちに、一体何が出
来るのであろうか・・・・・満天の星空の下での束の間のやす
らぎの刻、背を返し車のドアを開けたときから始まる心痛と無
力感の来襲。一つの刻が終わり次の刻が始まる。時計が逆転し
たのであろうか・・・・・
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