貯 木 場



11月4日
 懐かしい匂いが漂っている。暗闇の中から小さな天使たちが 
集まってきた。ヘッドライトの中の四頭の天使たち・・・・・
みんな背中を丸め、頭を落とし、少しだけ上目遣いに不意の訪
問者を見定めている。

 取り出された食餌の匂いに釣られ、いちばん元気のいい、好
奇心の旺盛な男の子がにじり寄ってくる。食餌ケースに頭を突っ
込んで貪り始める。

 トレーに盛られた食餌の方に、残っていた三頭が群がる。尻
尾を振りながら懸命に食べる。茶色の雌犬が近づいてきた。乳
房がまだ張っている。仔犬たちがじゃれついてゆく。母親であ
ろう。ゆっくりとトレーの食糧を食べ始める。

 背中に何か別の気配! 真っ黒の長毛種の中型犬が背後で尾
を振っていた。母親に甘えていた仔犬たちが一斉にそのワン君
に群がる。頭からのしかかって行く子、脚をかじる子、父親で
あった。

 ケース一杯の食糧を辺りに置き六頭の様子を見守る。周りの
景色は変わっていた。ワン君たちも違っている。でも十年前、
何も解らずただ食糧を運んできていたときと同じ、全く同じ空
気が漂っている。
 お腹をパンパンに張らして道路の真ん中に寝そべって甘える
仔犬、僅かばかり残っている広場で父親に突進する子! そし
て見守る母親・・・・・何も変わらず、ただ10年の刻が流れ
ただけ・・・・・。

 両手を頭の所まで挙げ、お腹を上に向けて撫でて貰いながら
目で訴え掛ける仔犬。抱き上げて草の上に置き、

 「車に気をつけろ、しっかり食べて早く大きくなれ!
  ごめん・・・」

 声にならない声で呟く。目をしょぼつかせながら顔を見つめ
る仔犬たちに、どんな言葉を掛ければいいのであろうか! 

 何時の日にか逢えなくなるであろう仔犬たちに、一体何が出
来るのであろうか・・・・・満天の星空の下での束の間のやす
らぎの刻、背を返し車のドアを開けたときから始まる心痛と無
力感の来襲。一つの刻が終わり次の刻が始まる。時計が逆転し
たのであろうか・・・・・