秋篠宮ご夫妻歴史民族資料館へ



9月4日
 午後四時丁度、台風十三号の通過した後急に秋めいてきた空
を見上げながら五色台の野生児たちに逢いに出かける。国道の
両側にはほぼ五十メートル間隔で制服の警察官が立ち、その周
辺には四、五十人の人々が、ある人は立ち、ある人はしゃがみ
込んで何かを待っている。

 明日からの東四国国体のために来県された秋篠宮ご夫妻が、
五色台の歴史民族資料館をご見学になるご予定とのことであっ
た。

 太郎たちが生活している自然科学館の直ぐ前にある石造りの
建物が「瀬戸内海歴史民俗資料館」である。芝生広場を下がり、
有料道路を横切ったところ、そこに資料館の正面入り口がある。

 皇族のご来訪のため野犬狩りが行われたのではという不安が
脳裏をかすめアクセルを踏み込もうとするが、さすがに今日ば
かりはスピードを出すことができない。

 四時二十分、国道から左折し五色台への細い道に入る信号が
赤になった。あと十五分もあれば太郎たちのいる駐車場に着け
ると思いながら信号が変わるのを待つ。

 一向に青信号にならない。交差点の周りにいつの間にか大勢
の警察官が集まり、一般の人たちの塊もかなりの人数になって
いた。

 多分秋篠宮ご夫妻が通過されるのであろうと思いながら、は
やる気持ちを抑えて待つ。

 日の丸の小旗が振られ、黒のクラウンに乗られたご夫妻が私
の車の右を通過された。

 やっと規制から解放である。制服、私服の警察官が沿道の隠
れたところで撤収の準備をしているのを後目にアクセルを踏み
込む。登山道路の入り口で先ずクロの無事を確認。ゲートを潜
り自然科学館横の駐車場に到着、四時五十分であった。

 太郎たちの姿は見えない。台風の風で酷い状態になっていな
いだろうかという懸念は瞬時に消えてしまう。いつも通りの駐
車場であった、ただ一本太い木の幹が折れていることを除いて。

 潅木の下に置いてあったすし桶はきれいに空っぽになってい
た。トイレの裏のパンもなくなっている。太郎たちには会えな
いものの、無事であることが伝わってくる。
 ドライフード、パン、缶詰をいつものように配置し山裾の窪
地に向かう。窪地の地面に三頭が横になって休んでいる。

 先ずコロが鼻を地面に擦り寄せながら独特の表情で駆け寄っ
てくる。お腹を見せて甘え、トランクの方を見つめる。手に持
った缶詰を見て、名無しが珍しく吠えて催促し、茶はじっと手
元を見ている。


 みんな無事だったんだ!


 三頭の食餌の様子を座り込んで見つめる。ばりばりとドライ
フードを噛む音まで聞こえてくる。

 振り返えって空の方を見る。太郎たちが住む展望台の一角が
吃驚するくらい近くにあるように見える。絶壁をよじ登ること
ができれば、わずか二百メートルくらいの距離であろう。

 食餌を終わったコロが、体を擦り寄せてきて甘える。名無し
はまだ食べている。

 一陣の風が海から吹き上げてきて、汗ばみ始めた頬を冷やし
てくれる。

 秋色に染まった瀬戸内海が、沈み始めた太陽にきらきらと輝
いていた。
コロと名無し