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未来に種を蒔く人


100年を守る

山はおたまじゃくしを
奏で唄う


臼と杵の詩



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里山からの手紙


徳島県勝浦郡上勝町は、勝浦川の上流に位置し、

ブナの森を残す中山間地域。

お年寄りが元気に暮らす町として知られ、

葉っぱビジネス「いろどり」でも全国的に有名だ。

人口約2000人の里山にUターンしたフォトグラファーが、

里山に暮らす人々の「素顔の今」に出会う。



写真・文 中野晃治

●当ウェブページは徳島新聞折り込みの生活情報誌フリーペーパーさららで
2007年から1年間連載されたものに加筆と新たに写真加えたものです。
なお年齢ほかデータは当時のままです。





中村修さん(60歳)



暮らしは選ぶもの





 
 

畑の小道に沿って歩いていくと、

シャガの花が満開に咲き誇っていた。

白い蝶々が一斉に野原で羽ばたきしているかのようだ。



目に映る、一軒の民家。

軒先には大中小に揃えた薪が整然と積まれている。

懐かしくも美しい田舎の光景に、

瞬時に心がほどけていく。

それは、生活の美だ。



「こんにちは」と戸口で声を掛けると、中村さんが現れ、

「ああ!」と少し驚いて笑顔で迎えてくれた。

中村さんとは、もう
10年以上前からのお付き合いで、

私が田舎暮らしを見つめ直すきっかけになった人だ。


家のなかに招かれ、お邪魔する。土間には手製のおくどがある。

スギ葉と細い薪で火をおこし、茶を沸かしてくれる。


チャイ(インドのミルクティー)と手作りのかりんとうで、

もてなしてくれた。


 
中村さんがここに移り住んで約
18年。

年に1〜2ケ月出稼ぎに出る以外は、上勝で生活をしている。

27歳の時よりヨーロッパを放浪。33歳の時にネパールで、

チベット仏教のお坊さんと出会い、彫版を教えてもらうことに。

以来、約
10年間ネパールを中心に暮らした。


「手仕事だったら何でも良かったんだけどね」。

ネパールではまず彫刻刀を作る作業から学んだ。

刀材は、時計のぜんまいや傘の骨など。

経典を彫る技術を習得しながら暮らすうち、

薪取り、機織り、竹細工、鍛冶など、村の生活に興味が出始めたという。

「自分の日常を、自分で作ったもので暮らす。

そこでの経験がたぶん今の生活につながっているんだよね」。




中村さんがレンガと赤土、わらで手作りしたかまど。左側はオーブンになっている。

家にはガスも冷蔵庫も、洗濯機も、テレビもない。

しかし、ボタンひとつで済む家電製品に囲まれた

私の暮らしにはないものがある。

それは土間であり、かまどであり、囲炉裏であり、

手作りの洗濯板や籠である。
手仕事の息づく暮らし。

それは自然への慈しみそのものだ。



「工夫する面白さだよね、この生活は」と中村さんは穏やかにほほ笑む。

 
買い物は大体
10日に1回徒歩で。

冷蔵庫はないから、豆腐など保存の難しいものは早めに食べることになる。

でもそれは苦ではなく、むしろ買出し日は、ご馳走の日なのだ。



土間の台所にはひよこ豆や小豆、大豆といったいろんな豆類、

カルダモン、クローブ、シナモン等豊富な香辛料、

丸干し大根、ビーフン、こうや豆腐などの乾物が

丁寧に小分けで保存されている。

畑には菜を中心とした野菜。そして愛着の感じられる生活道具たち。

昼食に、中村さんが料理を振舞ってくれた。



はったい粉にバター、レーズン、ナツメヤシ、

スキムミルクを入れ、晩茶で溶いたもの。

塩味の豆料理や、塩もみ大根に

ユズ酢のドレッシング(玉葱のみじん切り入り)。

質素な料理だが、どれも手間ひまのかかった豊かな味わいだ。

かまどで火をおこすところから始まる料理は、

禅寺で精進料理を戴いている感覚に近い。

いや今なら土間カフェといった方が

現代人の心には沁みやすいかもしれない。





「ちょっと足りないところは我慢する。

すごく足りないところは工夫する」と中村さんは言う。



台所には石製のカル(すりばちのようなもの)がある。

ネパールで買ったものだ。これで香辛料をつぶし、薪で料理し、

カレーが出来る頃には、

「ネパールに行っている気分になるんだよね」と嬉しそうに話す。

私にとって、もっとも近い異国、それが中村さんのお宅なのかもしれない。

10年以上前に聞いた質問をもう一度してみた。

それはいろんな暮らしについて。答えは、同じだった。


「どれがいい答え、というのはないじゃん。

その人、その人の生き方の問題だからね。

薪でやってもいいし、ガス、電化製品、全部正解だと思うんだけど、


自分で選んだということが大事だと思う。

選んで望んだ生活でなかったら、続かないよね」。






ここに来るたび、私は自分の暮らしを見つめ直す。

そして自分の時間を取り戻していく。

それは奪われたのか、それとも自ら麻痺し失ったのか。

あるいは便利で本当に幸せと私は言えるのだろうか。


畑で、菜の花が風と遊ぶように揺れていた。
 

 

 

 

  

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