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里山からの手紙


徳島県勝浦郡上勝町は、勝浦川の上流に位置し、

ブナの森を残す中山間地域。

お年寄りが元気に暮らす町として知られ、

葉っぱビジネス「いろどり」でも全国的に有名だ。

人口約2000人の里山にUターンしたフォトグラファーが、

里山に暮らす人々の「素顔の今」に出会う。



写真・文 中野晃治

●当ウェブページは徳島新聞折り込みの生活情報誌フリーペーパーさららで
2007年から1年間連載されたものに加筆と新たに写真加えたものです。
なお年齢ほかデータは当時のままです。




大久保光良さん(46歳)


時を忘れる時計 

 

    





その時計をはじめて目にした時、

思わず顔がほころんでしまった。

その時計とは「焼き餅ババア」である。



焼き餅を火鉢で焼くおばあちゃん。

逃げる猫のしっぽをつかまえているのは、

お餅を奪おうとしたからなのか? 


その後ろでは、焼き餅ババアと書かれた提灯が、

振り子となってゆるやかな時を刻んでいる。


じっと眺めていると、自然と時計の世界に入り込んで、

気持ちがスローダウンしていくのはなぜだろう。

少年のころ田舎の家に帰った時に、

感じた土間の匂いや炭火の温もりさえも思い起こさせるのだ。

それは見る人によって、

いろんなストーリーが浮かぶ時計。

空想がどんどん広がっていくから不思議だ。



大久保さんの制作する時計は

ユーモアに溢れている。

「猪魂」は、空手の瓦割りに挑戦する猪、

でも途中までしか割れずに悔しがっているのだ。

その背後では、森の主らしき生き物が振り子になって揺れている。

応援してるのか、それとも茶化しているのか!? 

見る者に委ねた想像性があるから、楽しい。



「ねっこ」は木の根っこにネコが仰向けになって

満足そうに笑みを浮かべている。

そして振り子を見れば、魚の骨がゆらりゆらりと動いている。

「横に回ってみて」と大久保さんに言われ、

観察してみると、金玉がついていてオスと分かる。

「正面からだけでなしに、

横から、斜めから

見てほしいんよなあ」

と優しい目をする。


立体(三次元)の彫刻であると同時に、

時計ゆえに振り子が右へ左へと揺れて、

時間という動感を

彫刻に与えているのが楽しく、飽きない。



工房は、上勝の住まいの横に建つトタン小屋。

制作をはじめて
10年になる。

チェーンソウ、バンドソー、糸鋸
などの電動道具や

能面を彫るノミや自作の物指しが所狭しと並ぶ。

これら愉快な作品は注文制作もしている。






「三次元」「ストーリー」「雑木」の3つが、

大久保さんが時計づくりで心がけていること。


最後の「雑木」ということで言えば、

冒頭の「焼き餅ババア」には、

ケヤキや桜、黒檀、黒竹
…などが使われている。

またおばあちゃんにはヒノキを

提灯には杉の木目が生かされ、うつくしい。

さらに
柿しぶや桐油といった昔ながらの塗りや、

バーニングアートと言われる、

ペン先で木を焼く手法を使った、

おばあちゃんのシミなど

とにかくひとつの時計の中に、

さまざまな技や自然の持ち味や遊びが込められている。




「最初はニスを使ったりもしていたけど、

柿しぶや桐油や天然のものを使うようになったんよなあ。

木の持ち味を生かしたいけん」とほほ笑む。

また「岩のように見える木はそのまま生かして使う」。

それゆえ、「じっと木を見て、
1日過ごす時もある(笑)」という。


祖父が昔から家に置いてあったという、

かづらは曲線が女性のウエストラインに似た形をしていたため、

そのセクシーな形状を生かして、

女性がTシャツを脱ごうとするが、

「脱げない」という作品に仕上げた。

振り子は首に掛けたネックレス。

色っぽい作品だ。


それにしても創作のイメージはどうやって涌いてくるのだろう?


「最初からこうしよう、と絵があるんでないんよ。

木の形状や木目の魅力やなあ、

そこからイメージが膨らんで


ストーリーは、

ひと言で言えば、

まあ洒落やなあ」と

茶目っ気たっぷりに話す。

この洒落っ気がたまらない。


「ねこにおばん」「月とすっぽんぽん」など

タイトルを聞いただけで楽しくなる。

 
「まだまだ数は100に足りないけど、

夢はギャラリーでの時計百展」と語る大久保さん。


里山の工房で、自然木との対話から生まれる時計たち。

木の魅力を引き出した、遊び心溢れる時計は、

時刻を見るたび、ついつい見とれてしまって、

時がたつのも忘れてしまう。


それは大人が子供に帰る時間だ。







時を忘れる時計

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